22歳で夢を叶えた。小学校3年生から追い続けた「日本で暮らす」という夢。誰かの力になれることが、私の幸せ。(前編)
世話カツ編集部(Helte)
公式
2026年10月30日
チェさん
ホテルスタッフ
出身
韓国
年齢
20代
性別
女性
「幼い頃から、人を助けるお母様の姿を見て育ったチェさんは、気づけば自分自身も誰かの力になりたいと思うようになっていました。 「誰かの力になれることが、私の幸せ」 かつて支えられていたチェさんが、今度は誰かを支える存在へ。 今回は、そんなチェさんの物語をお届けします✨」
日本と、私の話。
▶︎辛かった小学生時代を支えてくれた日本の音楽
小学生の頃、少しつらい時期を支えてくれたのが日本の音楽でした。
特に back number の曲が大好きで、ほぼ毎日のように聴いていました。
やがて音楽だけでなく、SNSの投稿も見るようになり、「この人たちはどんなことを考えているんだろう」と興味を持つようになりました。
しかし当時の私は日本語がまったく分かりませんでした。
投稿を読む時も、歌詞を理解する時も、毎回翻訳ツールに頼らなければなりませんでした。
そんなある日、ふと思ったんです。
「いつか翻訳に頼らず、自分の力で理解できるようになりたい。」
その思いが、私が日本語を学び始めるきっかけになりました。
ひらがなやカタカナを覚えるところから始まり、少しずつ日本語に触れるうちに、私はどんどん日本語の世界に夢中になっていきました。
そして今では、日本の音楽を聴きながら、のんびり街を歩く時間がとても好きです。
ちなみに、back numberだけでなく、Mrs. GREEN APPLEの曲もよく聴いていました。
どちらも今でも変わらず大好きで、よく聴いています。
▶︎おすすめの日本語勉強法
私は、ただ問題集を解いたり単語を書いて覚えたりするだけではなく、実際に日本語に触れることが大切だと思っています。
中学生の頃からNHKニュースを聞き、分からない部分は自分なりに調べて理解し、その後アナウンサーの発音を真似して練習していました。
そうすることで、日本語だけでなく、日本の社会や文化、今起きている出来事についても知ることができます。
映画を見る時も日本語字幕で見て、実際に声に出して真似してみることを意識していました。
語学学習で一番大切なのは、教科書の中だけではなく、その言語そのものにたくさん触れることだと思います。
▶︎「好き」の「好」が好き
以前、日本人の彼氏と話していた時に、日本ではあまり「愛してる」という言葉を使わないと聞いたことがありました。
そこで私は、「じゃあ、愛してるの代わりに何て言うの?」と聞いてみたんです。
すると彼は、「『好き』とか『大好き』って言うことが多いかな。」と教えてくれました。
その話を聞いて、私は日本らしい表現だなと思いました。
「好き」という言葉は、人だけでなく、食べ物や場所、趣味など、さまざまなものに使うことができます。
例えば、
「たこ焼きが好き」
「音楽が好き」
というように、日常の中で自然に気持ちを表現できます。
私はそんな「好き」という言葉がとても素敵だと思っています。
相手に対する好意や感謝、自分の気持ちをやわらかく伝えられるので、使う人も前向きで温かい印象に見える気がします。
韓国では恋人同士で「愛してる」と伝えることが多いのですが、日本の「好き」や「大好き」という表現にも、日本ならではの魅力があると感じています。
だから私は、「好き」の「好」が好きです。
▶︎何度でも行きたい場所
日本へはこれまで何度も旅行に来ましたが、その中でも一番好きな場所は京都です。
京都には自然が多く、落ち着いた雰囲気があります。
私は散歩が大好きなので、京都の神社やその周辺をゆっくり歩く時間がとても好きです。
季節ごとに違った景色を楽しめるのも京都の魅力だと思います。
実際に歩いているだけでも心が落ち着き、「また来たい」と思える特別な場所です。
▶︎小学3年生から追い続けた夢を、22歳で叶えました
今思えば、「日本で暮らしたい」という夢は小学3年生の頃から始まっていました。
日本の音楽からたくさんの力をもらい、日本語の勉強を始め、日本という国が好きになり、気づけば2か月に1回ほどのペースで日本を訪れるほど、日本が身近な存在になっていました。
「自分に力を与えてくれたこの国で暮らしてみたい」――そんな思いは年々強くなっていきました。
旅行を重ねるたびに新しい発見や学びがあり、日本の文化や人々の価値観に触れる中で、「もっと深く日本を知りたい」という気持ちが芽生えていったのです。
そして今年、22歳にして、日本での就職が決まりました。小学生の頃から抱き続けてきた「日本で暮らしたい」という夢が、ようやく現実になったのです。
誰かの力になりたい。
▶︎人を支える仕事への憧れ
私の母は看護師です。
私は幼い頃から、人を支え、助ける仕事をする母の姿を見て育ちました。
その影響もあり、私自身も自然と人を助けたり、誰かの力になったりすることに興味を持つようになりました。
気づけば、「誰かの役に立ちたい」という思いは、私の中でとても大切な価値観になっていました。
また、母は私にとって一番の支えでもあります。
辛いことがあった時や落ち込んだ時には母に電話をして話を聞いてもらうのですが、それだけで心が少し軽くなります。
だからこそ、日本での生活が始まったら、一番恋しくなるのは母かもしれません。
いつも私を支えてくれた母のように、私も誰かの力になれる人でありたいと思っています。
▶︎旅先で見つけた小さな幸せ
日本を旅行していたある日、いつものように神社の周辺を散歩していました。
すると、韓国人の観光客の方から道を尋ねられました。
どうやら私のことを日本人だと思っていたようです。
私は道を案内しながら、「もしかして韓国の方ですか?」と聞いてみました。
すると、「はい、韓国人です。」と返事が返ってきて、そこから少し会話をすることになりました。
その時、一番印象に残ったのは、その方の表情です。
道が分かって安心したような、ほっとした笑顔を見て、私まで嬉しい気持ちになりました。
実は、このような経験は一度だけではありません。
私は昔から、誰かの役に立ったり、人を助けたりすることが好きです。
だからこそ、自分の行動によって誰かが喜んでくれる瞬間に、大きなやりがいと幸せを感じます。
そんな気持ちは、今の仕事にもつながっているのかもしれません。
▶︎「星子さん」と呼んだ日
現在は高齢者施設で働いていますが、利用者の方々とは年齢差があるため、最初は何を話せばよいのか分からず、悩むこともありました。
それでも、一人ひとりと真剣に向き合うことの大切さを日々学んでいます。
そして、この仕事をしていて本当に良かったと思えた出来事があります。
施設には日本国籍を持つ利用者の方がいらっしゃいます。
その方には日本のお名前がありましたが、韓国では韓国語のお名前で呼ばれていました。
周りの人もみんな韓国語のお名前で呼んでいて、日本のお名前について聞く人はほとんどいませんでした。
ある日、その方とお話をしている時に、日本が恋しいという話になりました。
そこで私は、「日本ではどんなお名前だったんですか?」と聞いてみました。
すると、
「星子です。」
と教えてくださいました。
それから私は、翌日から
「星子さん、おはようございます。」
とお声がけするようになりました。
すると星子さんはとても喜んでくださり、
「韓国に来てから、星子さんと呼んでくれたのはあなただけだよ。」
と話してくださいました。
さらに、
「昔に戻ったみたい。」
とも言ってくださいました。
その言葉を聞いた時、私も本当に嬉しかったです。
そして、
「この仕事をしていて本当に良かった。」
と心から思いました。
次回は
チェさんの日本でのリアルな就職活動や今後の目標、そして日本で働きたい方へのメッセージとは?
続きは後編でご紹介します✨
ぜひお楽しみに!
メディアサイト&SNSでも、日本の就職に役立つリアルな情報を発信中!
- 🌸 世話のわ
- 🎥 YouTube
- 💬 LINE